SPRING IS HERE
SPRING IS HERE という歌の話を書く。
これはオスカー・ピーターソンの弾き語り、という非常に珍しいと思われるもので、
ロマンスという彼のアルバムに入っている。
取り上げたSPRING IS HERE という曲もだが、オータム イン ニューヨークを
始め、ジャズスタンダードの名曲を、全曲ピーターソンが歌っているのだ。
何故そのことを強調したいかというと、ピーターソンが非常にピアニスティックな
ピアニストだからである。どれだけ指が回っているのか分からないような演奏法、
クラシックをやっている人間にはとても真似出来ないようなグルーヴィーで熱狂的な
味わいなど、トリオとしてもソロとしても、名ジャズピアニストとして名をはせたひとだ。
何故、歌のアルバムを残したのか。
同じく優れたジャズミュージシャンに、ナット・キング・コールという歌手がいる。
この二人がある時出会って、お互いを尊敬し合ってもいたので、話も弾んだのであろう、
一緒に演奏もしたようで、しかし、その、お互いのピアノ、お互いの歌を聞いたふたりは、
こう思ったという。
ピアノも充分に上手いコールは、自分はどうやってもこんなに弾けるようにはならない。
歌が好きで歌い手としてもやってみたかったピーターソンは、一生かかってもこんなふう
には歌えない。お互いの才能に脱帽し、かつ、自分の本分を悟った二人はその後それぞれの
分野で素晴らしい活躍をした。
ファンが喜びそうなエピソードである。私にも面白かった。でもピーターソンは夢を捨て切れず、
このアルバムを録音したのではないかと思う。
最初の I‘M GLAD TEHRE IS YOUを初めて聴いた時、思わず笑ってしまった。
確かにピータソンは歌が下手ではない。そして弾き語りであるから、ピアノも弾いているのだが、
メロディーである歌ではなく、ピアノの方に、全ての感情や音楽的な要素が籠められていて、
歌は、音程もリズムも申し分無いにも関わらず、そこで終わっているのだ。
いい声をしているし、聴いていていいなあと思う。でも音楽は彼の指先に籠められている。
それは、ピーターソンが本物のピアニストだからなのである。
SPRING IS HERE、という曲だが、英語能力が殆ど無いが辞書を引きつつ、最初の歌詞を
訳してみた。
春なのに
春なのに なぜ心踊らないのか
春なのに なぜ魅惑に満ちたワルツも、なんののぞみも、希望も、わたしにはもたらされないのか
多分それは誰もわたしを必要としていないからだろう
以下略であるが、少々メランコリックな曲調のこの曲は、ロジャーズ&ハートによる。
このアルバムを聴くたびに、音楽に現れるものが、ひとつの真実を映し出すことの不思議を、私は
感じるのである。