からたちのある道
からたちの花が咲いたよ、という歌があるが、昨今では、からたちの木を知らないひとも多いかも
知れない。
住宅街の中に、畑がある。そこは自分が小さい頃から畑であった記憶があり、写真も残っている。
回りの土地が住宅になっていったのであって、畑のほうが古株だ。
その畑は、からたちの木で囲ってあり、そのからたちを、幼虫の餌とする昆虫がいる。
アゲハ蝶である。
だいぶん前の話だが、夏休みの課題に、自由研究というものがあって、小学校四年位の時と記憶
しているが、昆虫観察をすることにした。その畑にくるアゲハ蝶の卵のついたからたちの枝を失
敬してきて昆虫を飼う飼育籠に土とその卵付きのからたちの枝を入れ、まずは卵から孵るのを待つ。
要は、アゲハ蝶の羽化までの観察記録である。
どこまでかは自分で書いたと思うのだが、気が付くと、どんどん、手伝いをすると称してなんだかんだ
世話をしていた親の方が乗り気になり、私はただ見ているだけになった。文字通り観察ではあるが、記
録は殆ど親がやった。絵を描くのは嫌いではないが、上手くはない自分としては、アゲハ蝶を描くのは
難しいと思っていたので、そこら辺は親にやって貰おうという目論みが無かったわけではないのだが、
結局、この課題は、私のものではなくなってしまった。
提出時には、勿論自分の名前を書いたのだが、困ったことに、この「作品」が教師の目にとまり、
誉められただけならまだ良かったのだが、何かの賞に提出する、ということになってしまった。
子供が描いたものかどうか判別出来ないものだろうか、などと自分のやらなかった事は棚に上げ、
大いに困惑したが、その後どうなったかは覚えていない。
からたちにアゲハ蝶が舞っているのを見ると、このことを想い出す。アゲハ蝶が羽化した時は感動した
が、幼虫の時の角を出された時の臭いや、その大きさには驚いたものである。観察したのは夏型の
アゲハ蝶であったから、大きめなのだ。
今見掛けるアゲハ蝶は春型だから、比較的小さい蝶が多い。
ひらひらと舞う姿は、黒の模様に鮮やかに縁取られた黄色い羽根で、華やかな感じだが、場所によって
は案外目立たない。
彼らはやがて産卵して、また次の世代に、その命を伝えるのだろう。
自然の生き物の、そのままの姿を見ていると、人間である自分のあれこれが、なんとなく気恥ずかしい
、そんな気持ちになったりもする。