2014年7月4日
耳につく音
読書をしている時、音楽を聴きながらというのもしばしばある。
外出先、何かで手があいたり、移動中や待機中に、ちょっと手元にある文庫本を読む。
そこでBGMが流れていることがあるが、余り気にならない場合はやがて活字に気持ちが
集中して、そのまま読む感じだ。
落ち着ける空間、大抵は自室で、音楽をかけている時に本を読みたくなる、そんな場合。
好きな音楽なのに、本を読む時には聴いているのが少々難しい、そんな曲もある。
リズムがきつい、とか、歌であれば日本語だから意味が分かって困る、とか、その程度なのだが
場合によっては音楽を替えたりする。
今に始まったことではないが、他人などお構いなし、の行為には、外出先ならずとも良くぶつかる。
そんな、家にいてのお構いなし、は、おもに、音であるかと思われる。
集合住宅でも、戸建でも、玄関先や廊下や階段で長い間、大きい声で喋るひとびとが多い気がする。
時間を問わず、案外、平気でこれをやる。
室内で飼っている犬などが延々と吠える。テレビの音もしばしば聞こえる。
道などで奇声を発する子供も多い。
車をものすごい音をたてて扉を閉める。深夜早朝など、勿論関係ないらしい。
以前友人が、映画をたまに観に行くと、娘が音が大きいと言って怖がる、と言っていた。
私も同じである。映画館の、ドルビーがたっぷりの、予告編などを「聞かされる」と本当に
本篇が始まる前に逃げ出したくなる。
繁華街の、街頭ビジョンの大きい画面のどこからか流れる大音量は、街じゅうを駈けまわるようだ。
でも特に気に留めるひともいないように思える。
音に囲まれて暮らす生活とはいえ、何かしら、配慮は必要なのではないか。
わが身の行動を振りかえって、そんなことを考えたりした。